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「面影ってどんな意味だっけ?」
 焼酎のグラスを空けようとしたとき、不意に隣の酔客女子にたずねられた。答えようとして、言葉に詰まった。正確な答えを持ち合わせていなかったのだ。割とよく使う言葉なのに、その意味を正確に説明することができない。言葉を生業にしているくせに、俺もけっこういい加減なものだ。つらつらと考えてみるに、記憶によって心に思い浮かべる顔や姿や、あるものを思い起こさせる顔つき、様子などと説明すればいいだろうか。あるいは、実際には存在しないのに見えるように思えるもの。これはどちらかと言えば、まぼろしとか幻影か……。すると酔客女子が言った。
「意味はよくわからないけれど、なんだかドラマを感じるわね。ねえ、あけみちゃん」
 声をかけられたママは、カウンターの向こうで照れ臭そうに笑った。

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 ここは京都。七条通りに洞窟のように入り口を開けるリド飲食街の一番奥、面影というスタンドバー。とは言え、裏通りに面した入り口の店でもある。観光客の集客を目論んだおしゃれな店構えを敬遠し、地元の飲み手が集まる店を求めてふらついていた。小さな飲み屋、バーが集まる飲食街があることは昔から知っていたが、京都にいる頃は足を踏み入れたことはなかった。
 ものは試しだと入ってみた。建物の真ん中を通した30メートルほどの小さな通路、いや路地の両側に10軒ばかりのカウンターだけの飲食店が肩を並べている。どこに入ろうかと路地を数回往復したが、なかなか決めきれなかった。他所にしようかな……、そう思った時だ。ガラス戸の向こうに見えるカウンターに、”赤霧島”のボトルがきれいに並べられていた。京都まできて焼酎でもないかとは思ったが、その時はもうガラス戸を引いていた。それがこの店、面影との出会いだった。

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 それから京都に帰るたびにのぞくようになった。
 まず、つまみがいい。ママ、あけみちゃんの手料理がゆっくり出される。お腹が減っていたらそれなりに、減っていなければ酒がうまいように、量とタイミングを見計らって、出されるのだが、それがどれもうまいのだ。煮物、和え物、焼き物、乾き物……。隣の酔客女子によると、「手抜きがないのよ。ちゃんとしてる」ということになるが、これは客の誰もがうなずくところだ。
 次に、清潔だ。掃除が行き届いている。いつもきれいにしているねとママに言うと、「小さな狭い店だからね、掃除も簡単なのよ」と笑った。
 そして客がいい。カウンターは6人も座れば身動きが取れなくなる。客はみんなスペースを譲り合い、慎ましく、楽しく飲む。常連はおじさんばかりではない。近くの病院の看護師さんや、若いサラリーマン、旅行者、外国人観光客など様々だが、袖すり合うとはこのことだろう。帰りがけには誰もが、言葉の上だけかもしれないが昔からの知り合いのように再会を約す。それもすべてママ、あけみちゃんの客あしらいのなせる技かもしれない。

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 赤霧島が並ぶ理由をたずねると、あけみちゃんは鹿児島の出身だと言う。さらに聞けば、JR隼人駅前の喫茶店”停車場”のオーナーとは古くからの知り合いだとか。その喫茶店なら何度か入ったことがあった。おたがい俄然親しみがわく。
 面影の一番の常連は工務店の社長で鹿児島出身だという。
「京都に出てきてから50年になる。今じゃあ面影が故郷みたいなもんだ」
 社長は笑う。言葉には鹿児島弁のイントネーションが微かに残る。確かに、と思った。京都の空の下で焼酎を飲む。なんとなく鹿児島の風景がひろがる。心に思い浮かべる故郷。まさに面影、だな。
「ここが故郷だ」
 社長はカラオケで鹿児島の歌をうたい、何度もそう繰り返した。

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 ママ、あけみちゃんが何を思って面影という名前を選んだか、それはわからないし聞こうとも思わない。時には懐かしい故郷の人々や風景を思い浮かべてのことかもしれない。昔愛しあった人を思い浮かべてのことかもしれない……。しかしそれがどうであれ面影という名は、酔客女子が言うようにそれだけでドラマを感じさせてくれる。それは人に語り聞かせるよりも、ずっと心にしまいこんで、何かの拍子に自分自身の心を温めてくれるドラマなのだ。
 面影という言葉に触れて、あなたなら何を思うだろうか。

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