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年のせいだろうか、「昭和」という時代が懐かしい。
そんな話をすると、それはどんな時代なのかと聞き返されることがある。「それは……」と少々口ごもりながら考えてみる。ぼくは何を指して「昭和」と言っているのだろうか、と。そしてこう答える「それは多分、“失ったもの”へのノスタルジーだな」、と。するとほとんどの“質問者”は、「そうですか」と納得しそこから会話は進まない。「昭和は遠くなりにけりですねえ」等と訳知り顔で大きく頷く者も少なくない。
いや、違うんだよ、と胸のなかでつぶやく。それはぼくにとっての、とても個人的な思い出なんだよ。はじめて祖父に連れられて入った居酒屋やバーの風景。祖母の荷物持ちでついて行った駅前の百貨店。母と買い物に出かけた近所の市場。父と昼飯を食いに入った大衆食堂。友だちといっしょに通ったお好み焼き屋。子どもたちを連れて行った商店街の駄菓子屋……。今はもう滅多に訪れることのなくなった場所だったり、場所そのものがなくなったていたりする。何よりも、そこでいっしょに笑い過ごした人たちのなかに、もう二度と会えない人も少なくない。そんな人たちといっしょに過ごした時代が、昭和だったのだ。“失ったもの”とは、そんな人たちといっしょに過ごした時間なのだ。

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その夜、仕事に疲れた頭をなんとかしようと、入るべき酒場を探して歩いていた。赤いテントの隙間から誰もいないカウンターが見えた。天井から「ダッコチャン」がぶら下げられていた。小学校の頃、友だちの何人かはそいつを腕にとめて得意そうに歩いていたっけ。あいつはいまどうしているだろうかと思いながら、隙間を割って中に入った。
テントで仕切られた店内は、そこだけ空気がセピア色に見えるような、いや、空気に“時代を入れた”ような感じだった。

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〈鹿児島鶏炭焼 串長〉

時代遅れだと若者なら言うかもしれないが、ぼくにとっては時代がひとつ戻ったような酒場だった。
女将はカウンターの中で炭を熾しながら、大将はカウンターでタバコを燻らしながら、客を待っていた。
「はじめてだね? いや、前にもきたかい?」
大将はそう言いながら自分の側の席をすすめた。
天文館で35年、先代の年を数えれば45年以上になるそうだ。
「変わったのは、串焼き1本の値段だけかな。ああ、焼酎の値段もね」
大将は豪快に笑った。

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串焼き1本100円から。焼酎は1杯300円。1杯飲む毎に自分でマッチ棒を並べていく。
「自己申告制だよ」
大将はふたたび大きく笑った。
大将の昔話を聞きながら黙って飲む。串をかじる。
飛び抜けて酒やつまみが美味いわけではない。だけど、そこに流れる空気は、何とも言えないそこはかとした味があった。多分時代の味なんだろうなあ。
2千円ばかりを払って外へ出た。懐かしい連中の顔が浮かんだ。
虚空に浮かんだ月がきれいだった。

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