
私のもうひとつの仕事場。鹿児島シティエフエムのスタジオ
「無から有を生み出す」はまだいい方です。「売文稼業」もまだまだまし。ひどくなると「口舌の徒」などと呼ばれたりします。いや、私の仕事のことです。
たしかに自分のいいようにものを書き、新聞や雑誌、あるいは書籍にして売り、なにがしかの金を得て生きている。うまく編集者をまるめこんで原稿料をせしめているようなもんだと、つい自嘲したくなるときもあります。
おまけに私には湿っぽいカウンターと安酒の影がつきまとうようです。いやはやこれはもう、瘋癲(フーテン)といってもわからないだろうし、無頼といえばかっこうよすぎるでしょうか。まっ、まともな生き方をしていないことだけは、あたっているようようです。

「清水哲男の鹿児島裏表」という番組を持っているが、これはその相方である
経歴を問われると、さらにややこしくなります。大学は出たものの、まともな職には就かず35年以上過ごしてきました。そう、自分がネクタイを締めて毎朝通勤する姿など、想像することすらできなかったのです。アルバイトをして金が貯まると、日本を歩いて何周かし、海外も放浪しました。そして金が底をつくと、またアルバイトをする。それがそのまま生き方になったのです。お陰で職歴は、コピーライター/宅配便ドライバー/スナック店長/ホテル清掃/建築労働者/割烹の下働き/書店経営/屎尿処理車助手/客引き/ヒモ/作家とすさまじいものがあります。
その間に、30冊以上の本を書いて出してきました。どれも売れない本です。先だってもある大学の先生から「資源の無駄遣い」だと笑われました。
そんなとき、ふと考えこんでしまいます。私はなんのために生きているのだ、と。そして打ち消すように思のです。
「そんな堅苦しいこと……、いいじゃないか、空気の中から言葉を紡いで、空気のなかに返す。一瞬でも触れた人が、なにかを感じる。多くなくていい。1人でもいればいい。んっ『無から有を生み出す』も『口舌の徒』も当たってるじゃないか」と。
「でも……」FMラジオのパーソナリティの相方が言いました。「ちゃんと文字にしているだけでもマシかもですよ。世の中には言葉を電波に乗せて、それこそ一瞬に消してしまうという本物の『口舌の徒』だっているんだし」と。
慰めてくれたつもりなのでしょうが、最近パーソナリティや講師、講演の仕事が増えた私はつぶやくのです。
「ああ、ほんとうに口舌の徒だ。いっそのこと口先三寸で生きてやろうか」
すると相方にすかさず突っ込まれました。
「舌先三寸ですよ、口もダメですね」
と。
残念……。飲むしかないですね……。














