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 早い時間のバーが好きだ。
 近頃では、バーの開店時間も遅くなった。鹿児島に限ったことかもしれないけれど、早くて6時半、遅いと8時、9時などという店も少なくない。
 ぼくが酒の飲み方を覚えた京都のバーは、その昔午後4時に開店した。しかし、それでも待ち遠しくて4時前には店の前で開店を待つ紳士諸氏も大勢いた。開店するやいなや、マティーニなどの強い酒を2杯ほど空けて席を立つ。実にかっこうよかった。お腹が出ていようが、頭が禿げ上がっていようが、かっこうよかったのだ。そういう紳士諸氏にとってその店は、さっさと飲んで食事に出かけるなり、家に帰るなり、次に移行するための緩衝地帯だったような気がする。
「バーで酔っ払うのはみっともない」
 その店のバーテンダーに耳にタコができるほど言われたことだ。
 だが、鹿児島の場合、バーというのは、どちらかというとスナックやラウンジのように、腰を据えて飲み、酔うための場所なのだ。だから早くから店を開けていても客は来ないし、開店時間は当然のように遅くなっていく。

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 夕方早くに時間が空くと、必ずのぞくバーがある。山之口本通りと二官橋通りの交差点にあるBar Arche(アルシュ)だ。路面店で、しかも通りに面した2面がガラス張りで、いかにも開放感のあるバーなのだ。建物の奥で息を潜めるように営業する他の多くのバーとは、雰囲気そのものが違う。そんなことを言うと、
「大人の隠れ家みたいでいいじゃないか」
 と笑う友人もいるが、別に隠れて飲む必要もないじゃないかと胸の内でつぶやき返す。開店時間は午後6時。暖かい時分ならまだ日差しの残る時間だ。ぼくはそのカウンターで外の往来を眺めながら、小1時間バーテンダーと話すのが好きなのだ。
 これといって難しい話はしない。今日は人通りが少ないねとか、いま通った女の子がかわいいねだとか、出勤途上のママさんの顔色が悪かったねとか......、まあそんなところだ。そうそう、バーテンダーが無類のクルマ好きなので、車の話題もいいね。

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 そうこうしていると馴染みの客たちが現れる。馴染みだからといって、客同士でワイワイガヤガヤすることなどない。バーテンダーを挟んで、三角形の会話になる。それぞれが程よく距離を保って会話を楽しむのだ。だから女性ひとりでも安心して楽しめる。
 自分だけが楽しそうに、声高に、常連ぶって、うるさい客は他の客にとっても、店にとっても面倒臭い。アレヤコレヤと酒や酒の飲み方について知識をひけらかすのも考えものだ。
 とくに鹿児島の男は会話が下手だ。常に人の上に自分を置きたがるので、会話の入り口は否定になる。
「それは違う......」
 枕詞のように、必ずと言っていいほどここから入る。これが酔っていると同じことを言うにも否定形をとるからややこしい。
「いいものはいい。悪いものは悪い」
「いや、違う! いいものもあれば悪いものもある」
 とまあこんな感じだ。そういう客には近づかない方がいい。

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 昨年末から、医者の勧めもあって、強い酒をやめた。
 だけどぼくはいつものようにその店に通い、ノンアルコールのグラスを傾けながら会話に興じた。バーテンダーは面倒臭がらずに、オーダーに応じ、話の相手をしてくれた。馴染みの客たちも何も言わずに受け容れてくれた。それだけで、不思議なことだが、アルコールを体内に入れたときと同じようにいい気分になれた。
 どうやらぼくは、酒に酔うより、人に会い話に酔う方が楽しいようだ。
 さて、今夜も出かけることにしようか。

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